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【アメトーク】芥川賞作家のピース又吉がオススメする本13冊!あらすじとレビューでお気に入りの本をぜひ!

小説

 アメトークの読書芸人で紹介された本の数々

今回は芥川賞作家のピース又吉が好きでオススメしたい本です

本のあらすじとレビューを紹介するので、ぜひ自分が興味のある本を探してみてください

 

 

 

人間小唄町田康

 

 

 

 

劣化する感性を粉砕する、破壊力抜群の傑作長編!
こいつを潰すのは俺の使命。俺の勇気。そして希望。
青雲。ラララ、君が見た光。

小 角が書き送った短歌を自分の文章に無断で引用した作家・糺田両奴。国民の無意識に影響を及ぼして駄目にする奴の文学を根底から破壊する! こちらの世界に拉致してきた糺田に課した難題は、「一、短歌を作る。二、ラーメンと餃子の店を開店し人気店にする。三、暗殺」。それは魂のテロルの始まり だった。

 

Amazonレビューより

芥川賞作品である『きれぎれ』にみせるような凝った悪文は、現在では簡略化されているというか、熱を感じなくなった。
個人的な感想をいえば、『きれぎれ』では熱がありすぎて、少々私にはこってりしすぎたものの、その後ファンからは名作と謳われた『告白』では、やはり見事なバランスであった。
この『人間小唄』だが、やや尻すぼみの感は否めない。
凝った文体を練り上げる作業が億劫にでもなってしまったのではないかなどとも訝ってしまう出来。
しかしながら、この作者は『既存の洒落た文学へのアンチテーゼ』なるものを抱えているようにも思われるので、このお粗末な文章、排他的な独自の言語と言うのは、町田氏なりの一つの形なのかもしれない。
物語としては、特筆すべき点はないかと思われる。
よく言えば町田流、悪く言えば行き当たりばったりの何でもアリストーリー。
幻想的な世界観に嵌め込んでしまえば、強引な展開にも納得はいく。
逆に言えば、現実と非現実の狭間のような、この幻想世界を理解できない方には全く魅力を感じ取ることが出来ないかもしれない。

装丁はすばらしい。
所有することに、喜びを素直に感じられる出来。

 

 

 

『長嶋少年』ねじめ正一

 

 

 

 

小学五年生のノブオは、長嶋に心底憧れている、誰もが一目おく野球少年。詩人の父は行方不明、母は子供にも仕事にも無関心、友との別れや理不尽に負った怪 我、出生の秘密…次々と苦難は襲いかかってくるけれど、「長嶋」を心の支えにぜんぶ乗り切るのです!すべての野球少年に捧げる、著者渾身の成長物語。

 

Amazonレビューより

長嶋ファンの少年の一見作文のような文章で話がつづられるのだが、洗練されていない語彙や言い回しゆえに少年の心情の切実さやいいがたいもどかしさがダイ レクトに伝わってくるようで、とても面白かった。

少年の生活環境は劣悪で、外から見ると陰惨な話にも見えかねないのだけれど、それが少年の言葉で語られる と、なんともけなげで、必死で、楽しく、冒険に満ちていて、少年のときに見ていた世界の豊饒さが実感をもってよみがえってくる思いがした。

また、長嶋茂雄 というのがどんな存在だったのか、少年の崇拝とも言えるほどの憧憬を通して、記録からは決してわからないその存在の大きさが伝わってくる。それもまた楽し い。

 

 

 

 

 

 

『熊野曼陀羅』堀本裕樹

 

 

 

 

今、最も注目される若手俳人、堀本裕樹による待望の第一句集。

<帯推薦文>
中上 紀(小説家)
春の潮騒、夏山の葉擦れ、秋の夜雨、冬の枯木灘
熊野が、言葉を発している。
黄泉の国であり、再生の地である熊野が産んだ俳人・堀本裕樹の三〇二句の「言霊」は、
土くれから水平線の果てまでのすべての理が詰まった「曼陀羅」である。
零れ落ちる宝石のように輪舞する、魂の故郷「熊野」。
その愛しさと悲しさが、扉を開く者を包み込む。

 

 

 

『赤頭巾ちゃん気をつけて』庄司薫

 

 

 

 

 

学生運動の煽りを受け、東大入試が中止になるという災難に見舞われた日比谷高校三年の薫くん。そのうえ愛犬が死に、幼馴染の由美と絶交し、踏んだり蹴った りの一日がスタートするが―。真の知性とは何か。戦後民主主義はどこまで到達できるのか。青年の眼で、現代日本に通底する価値観の揺らぎを直視し、今なお 斬新な文体による青春小説の最高傑作。「あわや半世紀のあとがき」収録

 

Amazonレビューより

もう30年以上が過ぎてしまったのですね、この「赤頭巾ちゃん~」が出版されてから。
日本中を揺るがせた大学紛争、高校生までも巻き込んだ学生運 動を歴史的背景として持つこの作品は、そういった激動の社会や若者の無軌道なパワーをしっかりと捕らえておきながら、その主題はあくまでも優しく、優しさ だけで良いのだろうか?となんとなく自分を見つめていく主人公「僕」の日常の生活や、悩める青春像に置かれている。
優しくほのぼのとした文体で、「僕」とガールフレンドの由美のやりとりが描かれており、とても爽やかな気持ちにさせられるのだが、読み終わった後に「あぁ楽しかった」だけでは済まされないような、一種の切なさ、やりきれなさ、未消化な気持ちを感じてしまう。


その未消化な悶々としたパワーの正体は、4部作を通して読み進むうちに、流されている自分や、やり残した事への軽い後悔の念であることがわかってくる。
30年前に読んだときには、主人公の年代に達していなかった私にはわからなかった。
数年後、主人公の年代に達した頃に読んだときには、自分も何かをやらなければという、焦りを感じた。
80年代に入ってから読んだときには、もう戻ることの出来ない過ぎた日への感傷が残った。
不惑の歳を過ぎた今、この作品は何を与えてくれるのだろう?
好きな作品として、真っ先にこのシリーズ名を挙げてしまう、本当に私の人生の愛読書です。
ちなみに庄司氏が、この作品(シリーズ)の主人公の言葉を借りて、作中に何度か出てくるピアニストの中村紘子と、後年本当に結婚してしまった事は有名な話。

 

 

 

 

『杳子・妻隠古井由吉

 

 

 

 

「杳子は深い谷底に一人で座っていた。」神経を病む女子大生 〈杳子) との、山中での異様な出会いに始まる、孤独で斬新な愛の世界……。現代の青春を浮 き彫りにする芥川賞受賞作『杳子』。都会に住まう若い夫婦の日常の周辺にひろがる深淵を巧緻な筆に描く『妻隠』。卓抜な感性と濃密な筆致で生の深い感覚に 分け入り、現代文学の新地平を切り拓いた著者の代表作二編を収録する。

 

Amazonレビューより

杳子は誰の視点に寄り添って読むかという点が重要になると思った。
自らに引き寄せてしまい共感して読んでしまう読み手では入り込み過ぎてしまうかもしれない。
杳子は姉を真似ていて、男をやまいの世界へ引き摺り込む事を自己演出している。
昨今は、メンタルヘルスの知識がそこここに溢れているので、見分けがつきやすいが、
70年代のインターネットの無い時代に、ここまで精神の病を描き、それを突き放したのは、素晴らしい。
妻隠も合わせて読むと、作者の女性への視線が恐れや不思議の詰まっている箱を見る観察者のようで、良い。
文体は読みやすいとは言えないが、不思議と読後に印象深いシーンが多いのも作品の魅力だろう。

 

 

 

 

コルバトントリ山下澄人

 

 

 

 

 

「ぼく」を通して語られる、いつか、どこかで暮らしていた人々の物語。おばさんは幼い頃、「ぼく」の母親が窓から捨てた油で顔に消えない痕がのこるが、の ちに、刑務所に入った父親、交通事故死した母親のかわりに「ぼく」をあずかる。幼馴染みたち、アパートの飲んだくれのおじさん、月を見張っているおじいさ ん――。富とは無縁の人々を、静かな雨が包み込む。「永遠」にめぐる世界を閉じ込めたかのような奇跡的中編

 

 

 

『香水』パトリック ジュースキント

 

 

 

 

  舞台は18世紀のフランス。町は汚穢(おわい)にまみれ、至るところに悪臭が立ちこめていた。そこに、まったく体臭のない男がいた。男にないのは体臭だけでない。恐ろしく鋭い嗅覚と、においへの異様なまでの執着以外に、男には何もなかった。

   物 語は至高の香りを求めて、めくるめくにおいの饗宴が繰り広げられる。ドアノブのにおい、石のにおい、花の香り、動物のにおい、果ては目立たない人のにおい に至るまで、ありとあらゆるにおいが立ちこめる。登場人物も、究極のにおいの美少女以外は、主人公も含めて恐ろしくグロテスクである。まさしく魑魅魍魎 (ちみもうりょう)。裏道、闇、疫病、屠殺、汚濁…にもかかわらず、なぜ本書からは恐ろしく魅惑的な香りが立ちのぼってくるのだろうか。

   パ リには複雑で洗練された味わいがベースにあるように、生ハムやチーズのすえたようなにおいが鼻を突いても、この町で、人を引きつけてやまない魅力がグロテ スクなのかもしれない。ストーリーも舞台も登場人物も、実に巧妙に展開している。一度手にとるとテンポよく、一気に読んでしまう。読者は主人公とともに限 りなく奥深い嗅覚の世界をさまよい、陶酔させられることだろう。

 

Amazonレビューより

小説の始まりも終わりもショッキングである。どこもかしこも悪臭に満ちたパリ。ゴミと同様の扱いで、この世の中に生を受けることをギリギリのところで許さ れた主人公グルヌイユには、自らの体臭が存在しなかった。そのため、常人の持ちえぬ鋭敏な嗅覚を持つ。香水製造の技術を身につけたグルヌイユは、世の中に 存在するありとあらゆる匂いを作り出すことが出来るようになる。そして、人の意識すら自由自在に操れるようになる。「匂い」という極めて、感覚的な題材だ が、最高に面白い。作者ジュースキントというよりは、翻訳者の池内紀さんの名訳本
という印象が強く残る。美しい小説だと思う

 

Amazonレビューより

薦められるがままに買ってみた一冊。何の期待も知識もないまま、旅先への長いフライト対策として読んでみた。読み始めると、あまりに描写がリアルで細かく て、驚かされた。あんまりにも緻密なので、フィクションかノンフィクションかわからなくなり、混乱に陥ったほど。舞台は18世紀のフランスなのに、絶妙で 粋な池内紀さんの訳だからか、たまに江戸時代の町人文化が浮かんでしまった。
それにしても、へんてこで、奇妙で奇想天外なお話。途中、怖くなったり、あまりのグロテスクさに負けそうになる。

けれども続きがどんどん気になって、一気に読んでしまった。結構長いお話だけれど、それを全く気にさせないほどのすごい作品。
結末は衝撃的で、しばらく不思議な感じが続いた。読み終わったときには、嗅覚が鋭くなってまわりにあるもの全ての匂いが妙に気になったのは自分だけかな・・・

 

 

 

 

コインロッカー・ベイビーズ村上龍

 

 

 

 

1972年夏、キクとハシはコインロッカーで生まれた。母親を探して九州の孤島から消えたハシを追い、東京へとやって来たキクは、鰐のガリバーと暮らすアネモネに出会う。キクは小笠原の深海に眠るダチュラの力で街を破壊し、絶対の解放を希求する。

 

Amazonレビューより

いつか読みたいと思ってたのが新装版になったということで、いい機会だと思い購入しました。

 「限りなく〜」のほうはどうしても読みにくく途中で挫折したのですが、こちらのほうは最後まで読めました。
特徴のある文章なのですが、リズムがあり、どんどん引き込まれていく感じがしました。先に先にと読み進んでいきます。

 暗い感じがひたすら続きます。読んでいて唯一心安まるところが刑務所の中の場面という・・。
読み終わった後も、なんとなくモヤモヤします。もう一度読みたくなるような本ではないです。
ですが、なんか物凄い本を読んでしまったぞ、という気分になります。何とも説明できないのですが、

 解説については、他の方のレビューにある通りです。あんた誰なんだよ、突っ込みたくなります。
解説は、解説をする場所であり、自分語りの場では無いということを知ってほしいと思います。

 物語自体はとても良かったです。また機会があれば他の村上龍の作品を読んでみたいと思います。

 

 

 

 

『笑うな』筒井康隆

 

 

 

 

タイム・マシンを発明して、直前に起った出来事を眺める「笑うな」など、ユニークな発想とブラックユーモアのショートショート

 

 

Amazonレビューより

表題作『笑うな』、超個性的な作品です。何回読んでも絶対に笑ってしまいます。毎回小説の中に引き込まれて、その場に居合わせているような臨場感を味わ い、登場人物たちと一緒に笑ってしまうんです。ポーカーフェースで読むことは不可能です。電車の中では読まない事をお勧めします。ひとりでこっそり読みま しょう。
 私は後にも先にもこれに似た作品に出会ったことがありません。抱腹絶倒傑作短編コメディです

 

 

 

 

 

Amazonレビューより


パンドラの箱しかり、鶴の恩返ししかり、禁断の木の実を食べたアダムとエヴァしかり、黄泉の国から連れ戻すまでイザナミの姿を見るなと言われたイザナギしかり・・・。

「こうするなよ」と釘を刺されても、人間も神々も過ちを犯してしまうのですから・・・。各国の伝説や神話に共通しているのも面白く、また悲しく感じられます。

表題作の「笑うな」の他にも、思わず顔をくしゃくしゃにしてしまうほどおかしなツツイワールドがてんこ盛りです。買ってソンはないですよ。

ただ一言注意なんですが、通勤・通学列車の中では極力読まないでくださいね。

 

 

 

 

『月の砂漠をさばさばと』北村薫

 

 

 

 

9歳のさきちゃんと作家のお母さんは二人暮し。毎日を、とても大事に、楽しく積み重ねています。お母さんはふと思います。いつか大きくなった時、今日のこ とを思い出すかな―。どんな時もあなたの味方、といってくれる眼差しに見守られてすごす幸福。かつて自分が通った道をすこやかに歩いてくる娘と、共に生き る喜び、切なさ。やさしく美しいイラストで贈る、少女とお母さんの12の物語。

 

Amazonレビューより

この文庫の梨木香歩の解説はパーフェクトである。『日常は意識して守護されなければならない。』北村薫の魅力をこの一言で見事に現してくれて、私はいたく 満足である。そうなのだ。『私と円紫』シリーズにしても『覆面作家』シリーズにしても、その隠れた『本格推理』水準の高さを誉めた解説子は多くいたが、北 村が何故日常にあれほどこだわっていたかを解説してくれた人はいなかった。

この本は母と子供の物語である。母親が読んでも充分に面白いだろうが、本当は父 親こそ読むべきだろうと思う。母親にこんなにもおかしく面白く知性に満ちた子供との関係を任せて良いものだろうか、ときっと思うだろうから。

 

 

 

『庶民烈伝』深沢七郎

 

 

 

 

庶民とは、ぶかっこうで食いしん坊、強情であわてもの…周囲を気遣って本音を言わずにいる母親のすがた(『おくま嘘歌』)、美しく滑稽な四姉妹の人生(『お燈明の姉妹』)ほか、烈しくも哀愁漂う庶民のすさまじい生き方を描いた連作短篇集。

 

Amazonレビューより

 深沢氏は本書で、与えられた境涯と日々の暮らしを続けていくそのものを庶民としている。
庶民は決して高望みすることなく自分の手が届く範囲での日常を当たり前のように継続していく。
愛おしく温かい目をもって、庶民のなんでもない日常の心象風景が描かれている。
庶民は地に足をつけて生きていて、その日常の中で
虚栄心や副次的なあらゆることが自然に削ぎ落され、その圧倒的で確かな佇まいは
「スサマジサ」となる。
個人的には、こういった特徴的な文体で、起承転結に乏しい作品は好みではない。
あまりにも話の展開がこまごまとし過ぎていて、なお且つ話にシマリが無いため
物語に全く入っていけなかった

 

 

 

 

Amazonレビューより

 序章を読んで、たいしたことはない、と放置していましたが、その後『おくま嘘歌』と『お燈明の姉妹』で深沢氏の奥深さを味わいました。サロメの十字架も味わい深いです

 

 

 

『漁港の肉子ちゃん』西加奈子

 

 

 

 

男にだまされた母・肉子ちゃんと一緒に、流れ着いた北の町。肉子ちゃんは漁港の焼肉屋で働いている。太っていて不細工で、明るい―キクりんは、そんなお母 さんが最近少し恥ずかしい。ちゃんとした大人なんて一人もいない。それでもみんな生きている。港町に生きる肉子ちゃん母娘と人々の息づかいを活き活きと描 き、そっと勇気をくれる傑作。

 

Amazonレビューより

西加奈子氏の本を読むのは初めてなのはおろか、西加奈子と言う作家さえ知らずにおりました。読んだ理由は楽屋落ちなので控えますが。

装丁 には著者本人による印象的なイラスト。全裸で眠る女性に只ならぬ雰囲気が。そして本の裏表紙にはサリンジャーなんて言葉が。ん、油断しちゃいかんな、こ りゃ、と思いつつ読み始めると、なんじゃこりゃ? 面白い! 面白いが、いやはや、これはナンセンスギャグ小説なのか?

いえいえ、主人公の眼を通して物語は進み、少しずつ少しずつその世界の色が変わって行きます。サリンジャーなどと言う単語がちりばめられていた理由が解ってきます。大人になる前、奇跡の様な輝きを放つ一瞬を鮮やかに紡いで物語は終わります。

小説としての技巧や難しい事は僕にはわかりません。でも、物語の終わり、泣かされました。40代のオヤジから涙を溢れさせる著者の力量には感服です。

寓話なので、物語のディテイルや人物描写に現実味が無い、なんてことは全く気になりません。あくまでもファンタジー。でも、虚の中にこそ実が在る、そんな言葉を思い出しました。登場人物を暖かく見守る視線に著者のこの物語に込めた想いが感じられました。

あとがきに、この物語が生まれた背景が綴られています。東北の街々を襲ったあの災害と無縁では無かったと言う事もあり、この本には特別な何かがある様な気がします。

 

 

 

『こちらあみ子』今村夏子

 

 

 

 

 あみ子は、少し風変わりな女の子。優しい父、一緒に登下校をしてくれ兄、書道教室の先生でお腹には赤ちゃんがいる母、憧れの同級生のり君。純粋なあみ子の 行動が、周囲の人々を否応なしに変えていく過程を少女の無垢な視線で鮮やかに描き、独自の世界を示した、第26回太宰治賞、第24回三島由紀夫賞受賞の異 才のデビュー作。書き下ろし短編「チズさん」を収録

 

Amazonレビューより

説明をいっさいしないで読ませる力がある。こういう小説を待っていました。

私は現実の世界で、あみ子のような人間を好きになれる自信がない。それなのに少なくとも読み終えるまでは物語の中のあみ子を嫌うことができなかった。

これが小説の力だと思いました。

 

 

 

 

Amazonレビューより

読みやすい話題作と貸されたので、全くなんの予備知識もなく読んだが、衝撃を受けた。

トットちゃんが、理解者や環境に恵まれたケースだとすると、
あみ子は、恵まれすぎもせず、恵まれなさすぎもしない、きわめてありがちなレギュラーケースなのかもしれないと思った。

むろんこちらは、フィクションだろうが。

理解されたい、話を聞いてもらいたい、コミュニケーションをとりたい。
その思いから、理解され話を聞いてもらえなくなってしまう行動をエスカレートさせてしまうあみ子。

障害の有る無しに関係なく、すべての人に発生しうる哀しい構造だ。

だが救いもある。
どんなに助けを求めて叫んでも誰にも届きゃしない・・・はずが、届くこともある。
ちゃんと自分の事を考えて助け見守ってくれていた人がいたことに気づくこともある。
理解を望めない相手でも、ちゃんと話せばちゃんと伝わることもある。

基本つながらないトランシーバーのように悲惨だけど、一瞬つながることがある。
そのつながった瞬間が、つながらなかったそれまでとそれからを覆うくらい眩いから生きていける。
人生ってそんなもんかも?